黒澤貞夫氏に聞く
介護福祉と介護福祉士の専門性

介護福祉とは?介護福祉士の専門性とは?
・・・介護保険制度発足当時から問われ続けている大きな課題です。こういった介護の質の基軸ともいえる「専門性」というテーマを、数々の著書を通じて解き明かされている黒澤貞夫氏。介護福祉を人間科学として位置づけ、「一生をかける価値のある仕事」であるとして、体系的に論じてこられました。

令和元年度に行ったインタビューでは、従来のアプローチでは十分に解き明かされてこなかった、介護福祉士の専門性と介護の仕事が持つやりがい。
このテーマについて哲学的アプローチを通じ、独自の切り口からふんだんに語っていただきました。インタビューの内容は、実践現場のための『専門誌介護福祉士』No.25(公益社団法人日本介護福祉士会発行、令和2年2月)に収録されてます(インタビューの様子はこちら)。

そして、令和2年度には、このテーマを深め、第1部は理論編、第2部は実践編として更に論点を深めて踏み込んでいただきました。
このうち、第1部は、実践現場のための『専門誌介護福祉士』No.26に収録し、第2部の実践編は、このホームページに掲載をさせていただきます。

黒澤貞夫氏の画像
黒澤 貞夫 氏
日本大学卒業、厚生省(現・厚生労働省)勤務、国立身体障害者リハビリテーションセンター指導課長・相談判定課長、国立伊東重度障害者センター所長、東京都豊島区立特別養護老人ホーム・高齢者在宅サービスセンター施設長、岡山県立大学保健福祉学部教授、浦和短期大学教授、弘前福祉短期大学学長、浦和大学学長を歴任。現在は、日本生活支援学会会長を務める(注:勤務先は当時の名称)。
主な著書に『生活支援学の構想―その理論と実践の統合を目指して』(2006年:川島書店)、『ICFをとり入れた介護過程の展開』(共著・2007年:建帛社)、『人間科学的生活支援論』

第2部 実践編(概要)

  • テーマ5:ニーズについて深く広く考える

     人間は皆、ニーズをもっています。人は誰でも歳を取り、病気を持ち、心身に障害を担って生きています。その人たちにとって必要なことは何であるか?個人や集団や国家が考えている価値基準というものがある一方で、住民一人ひとり個人の生活状況というものがある。その価値基準と比べてみて乖離しているなら、その状況を解消したいという欲求が生まれる、それがニーズです。
     介護福祉士の仕事は、ニーズの充足であり、国民一人ひとりの願いを実現させることです。「その人らしいケアとは何ですか」ということは法律に書けませんが、介護福祉士は、専門的な知見、専門性による実践行為を豊かにすることで、仕事を全うすることができます。
  • テーマ6:介護福祉士の倫理について

     『社会福祉の倫理』という本で、チャールズ・レヴィは「倫理というものは価値の運用である」と書いています。「価値に基づく行動指針というものを倫理という」のです。人の尊厳を保持するという価値観があるから、その人を軽蔑したり、失礼なふるまいをしない。また、伴博先生は「一つひとつの行為がいかに『行うべきか』、『べき』論の重みのもと見られ、主体たる人の重みのもとにある」と論じています。
     そして、倫理を最も適切に説明したのが、東京大学の和辻哲郎先生です。『人間関係の倫理学』の中で、「あなたはどんな人間になりたいですか」ということであると仰っています。つまり、「どんな専門職になりたいですか?」ということです。「自分を顧みることである」「自分がどういう人間であるかということをわかることである」であると。ですから介護福祉士は、自分を常に反省し、相手から返ってくることをよく吟味し、自分を成長させていくことが大事です。
  • テーマ7:人間理解とコミュニケーション

     介護福祉士のコミュニケーションは、専門性に基づいたものです。コミュニケーションとは、専門性の最も基本をなしているものですから、話し合うことをおろそかにするとダメです。例えば、カンファレンスは介護の質を担保する唯一の方法ですから、これを省略してはいけません。
     マルチン・ブーバーは「関係というものによって人間は生きている」と言っています。関係とは、人と人とのコミュニケーション。別の言い方をすると人間と社会のコミュニケーションが基本です。人間関係の形成は出会いから始まります。それは人間相互の直接的、人格的ふれあいであり、人生における瞬間の出来事であっても、人生の豊かさを伴うものです。コミュニケ―ションの本質は、未来へ向けての協働行為なのです。
  • テーマ8:介護過程をより広く深く考える

     介護過程というのは介護福祉士の専門性が実践的な核となる大事な分野です。
     一つめは意義と目的が大事です。「いい介護をしますよ。あなたの気持ちをよくわかるようにします」というふうに方針を具体的に示すことです。
     二つ目は、生活支援の理論をいかに活かすか。
     そして三つ目は、そこに科学性が表現されているかです。そのために介護福祉士は介護過程をきちんと行うことが重要です。介護福祉は人間科学としての専門性を主張しています。人間科学というサイエンスは、人間をサイエンスする。科学というのは普遍性、論理性、客観性を有することです。だから、おろそかにしてはいけない。学問として、介護福祉士は介護の勉強をきちんとしてほしいと思います。
  • テーマ9:ICFと介護過程について

    (1)医学モデルと社会モデル
     今回の国連のWHOによるICFに関するレポートを読んでみますと、医学モデルと社会モデル統合の改訂版であると書いてあり、そこが新しいです。

    (2)ICFの生活機能について
     2001年に、WHO総会で、「ICF(International Classification of Functioning,Disability and Health=国際生活機能分類)」という改訂版ができ、「生活機能という概念」を付け加えました。生活機能という概念とは、英語でファンクショニング(Functioning)という言葉を使いました。いわゆる皆さんがいうところの「活動参加」という概念で、「障害というものは社会がつくり出したものである」という考え方です。

    (3)活動と参加そして背景因子について
     「活動参加とは何か」は、「背景因子の環境とは何であるか」ということです。このことを解明すれば、ICFがわかりやすい。人間としてのいちばん基礎の活動は何であるかというと、身体的、精神的に躍動するということです。動いているということです。生き生きとしているということです。
  • テーマ10:介護過程の実践

     (1)出会い・相談
     介護過程というのは、人と人の出会いから始まります。人間というのは一期一会です。介護福祉士と出会うことによって、その人の一生が豊かになれば、かけがえのない貴重な出会いと言えるのではないでしょうか。その貴重な出会いを介護においてきちんと評価すべきです。出会うことの尊さ。そこに介護過程の出発点があります。

    (2)アセスメント
     アセスメントには、医者の行う数量的・科学的分析と、介護福祉士が行う項目的分析と2種類あります。それらは分けて聞くということです。さらにもう一つ難しいのは、セスメントとは出会いの一つでもあるということです。「全人的理解」、人間を丸ごと理解する。その人自身を理解するということ。この直感的理解をベルクソンは共感的理解と言い換えてもよいと言っています。悲しみ・喜び・苦しみを分かち合うということは、分析ではない。私という人間があなたをわかるということです。介護サービスを受けるときの苦しみや悲しみや不安について、わかってあげて、それを話し合いの結果、介護計画に持ってくるという、相互了解が大切です。

    (3)ケアプランの作成に関わる諸課題
     次に問題なのはケアプランです。ケアプラン作成のうえで最大の問題は目標です。
     ケアプランにおいて、AはBになるというものもあります。しかし、AはBであるかCであるかがわからないこともあります。また決めることが意思に反することもあります。したがってケアプランには、時間という概念を入れる必要があります。ベルクソンに言わせれば、「猶予を持たせる」ということで、しばらく待つということです。例えば、話し合いを続けましょう。別な方法を探しましょうとか。信頼関係を築き、どれだけあなたの話を聞いてきたのか、あなたが死にたいという気持ちをどれだけわかってきたのかということです。
    介護というのは相互変数。お互いに変わりましょう。利用者の方も変わってもらいましょう。考え方をいろいろと変えてもらいましょう。私たちも変わりましょう。お互いに学んでどうしたらよいかを、あなたの幸せのために頑張って相談していきましょう。そこに介護福祉士の知恵が入り込むわけです。

    (4)モニタリング・評価
     ケアプランというものには必ず評価が伴います。つまり評価に始まって評価に終わる。今はアセスメントに始まって評価に終わると言ってもよいです。それをフィードバックするという今の介護理論は正しいです。介護過程は大事で、医学モデルから社会モデル、ICFモデル、そしてケアプランという体系的総合的に考える。介護過程の考えは、全人類のための考え方である、すべての人のためのものであるとWHOも言っていますから、そのぐらいの深みと人間性を持ったものが介護過程であると思って、皆さんは勉強を続けてほしいと思います。